ishibashi_masahiro’s diary

主として本学人間科学/教育心理科学専攻の卒業生にむけた案内等と,仕事用のメモなど

中井久夫先生

中井久夫先生が2022年8月8日に88歳で亡くなられたとの由。

中井先生の文章に初めて接したのはおそらくサリヴァン『精神医学は対人関係論である』の翻訳だったように思う。サリヴァンに辻先生と相通ずるところがあるなあなどとぼんやり感じていたが,翻訳をされた中井先生にも辻先生に通じるものをなんとなく感じていたような記憶がある。

天声人語20220811)時代を診る

https://www.asahi.com/articles/DA3S15384399.html

その少年は自転車に乗れなかった。木登りがこわく、逆上がりも苦手だった。科学でも歴史でも本ならいくらでも読めるのに。教師から「文弱」だと言われ、深く傷つく▼精神科医で神戸大名誉教授の中井久夫さんである。1995年の阪神・淡路大震災では、被災者の精神的な痛みに寄り添い、2004年に発足した兵庫県こころのケアセンターの初代所長に就く。自らの被災体験を交え、心的外傷後ストレス障害(PTSD)について理解を広めた▼震災直後に憤ったのは、神戸と東京との落差だ。被災地では不明者を最優先で考える。だれが見つかっていないのか、どこから救助するのかと。それなのに、中央官庁は死者が何人かという数字ばかりを気にしていた▼統合失調症患者の臨床から学んだのは「あせり」と「ゆとり」。焦燥とは無縁に見えた患者から治療の8年目にして「自分はあせりの塊だった」と告げられ、驚愕(きょうがく)する。逆に、ゆとりに憩うときの患者の「生の喜び」には計り知れない深みがあると知った▼〈日本の政治家には魅力がない。近代化を支えてきたのは無名の人々の勤勉と工夫である〉〈日本は島国で、石油や食糧などの輸入は平和が前提。いたずらに強がらず外交力の発揮を〉。医学に限らず、政治や社会を自在に論じ、心温まる随想も数多く残した▼患者を診るように時代を診断することのできた医師が、88歳で旅立った。不器用さに悩んだ少年は、傷ついた人々に伴走し、知の世界を自由に舞った。